患者さんにより良い医療を提供するためには、まず職員が“ワクワク”して“生き生き”と働く職場風土を作り、さらに医師の教育、研究にも力を入れることが大切である――。
これが副院長、中村公紀先生の持論です。そのためにさまざまな取り組みをどう進めているのか、そして消化器外科の医師として思うことについてもお話を聞かせていただきました。
当院は高台にあって眺めが良く、木々に囲まれた場所にあります。私はここに来て3年になりますが、最初に驚いたのがこの立地でした。患者さんの癒しになるような、自然の豊かな環境だと思います。それが当院の自慢でもあります。
私たちは橋本医療圏の中核病院として、あらゆる病気を広く診療するのはもちろんのこと、大学病院にも負けない先進的な治療も提供することを目指しています。それと同時に患者さんにしっかりと寄り添う、地域の方々にとって身近な病院でもあります。そこが大規模な病院にはない、当院ならではの特徴ではないでしょうか。
私は、幼い頃、田舎に一人で暮らす祖母の姿を見て、地域の高齢者医療に関心を持ち、医師をめざすようになりました。医師になれば地域の人々、特に独居老人のお役に立てるのではないかと考えました。最初は高齢者に多い循環器の疾患を診療する方向に進むつもりでしたが、家族が胃がんで手術を受けたのを契機に方向性が変わりました。手術でがんを治す消化器外科を選択し、和歌山県立医科大学外科学第二講座に入局しました。その教室では家族が患った胃がんを専門にすることになり、それが自分の使命のように感じています。
以前勤めていた大学病院では医療の最先端を走るような治療が主で、食道がんや膵臓がんに対する高度な手術、化学療法などを行っていました。それに対し、当院では一般的に頻度が高い大腸がんや胃がんを中心に全ての消化器がんに携わり、また、胆石、鼠径ヘルニアのような良性疾患や救急疾患も含めてさまざまな病気を広く診療しています。
私が医師になりたてのころ、外科的な治療といえばお腹を大きく開いて手術をする開腹手術が一般的でした。その後、主流になったのが、傷が小さく体への負担が少ない腹腔鏡による手術です。さらに近年は手術支援ロボットの導入が世界的に爆発的な広がりを見せています。手術支援ロボットは、操作するのは私たち外科医ですが、お腹の中では人間の手技以上に精密な手術を行うことが可能となりました。
当院でも2024年4月より、泌尿器科、消化器外科、婦人科からロボット支援手術を開始します。私が担当する消化器外科では、まず結腸がんから導入します。このロボット支援下手術により、従来の手術以上に患者さんの体にやさしい精緻な治療を提供できると思います。
近年、がんに関する薬物療法も大きく変わりました。かつては消化器がんに効きにくいとされた抗がん剤も進歩し、非常に良く効く薬も出現しました。また、がん細胞に発現するタンパク質にめがけて攻撃する分子標的薬が今後の薬物治療の中心になりつつあります。さらに、免疫チェックポイント阻害薬という免疫療法も一部のがんに非常に効果があります。私が消化器外科に進んで30年ほど経ちますが、劇的に治療法が変わってきていると実感します。
免疫チェックポイント阻害薬は、一般的な抗がん剤では起こり得ないような特殊な副作用を起こすことがあります。例えば、間質性肺炎や重症の大腸炎、内分泌関連の障害などです。そんな事態に備えて、紀和病院と和歌山県立医科大学付属病院紀北分院、そして当院の3病院で、昨年、この薬を使う患者さんをサポートする体制を構築しました。それが伊都橋本医療圏免疫療法サポートチーム(Ito-Hashimoto ICI Support team)、通称アイアイサポートチームです。
大規模病院にはあらゆる診療科が揃っていて、何か起きても院内で完結させることができます。しかし、地域の病院ではそうもいかないのが実情で、一つの病院で対応しがたい副作用が起きたとき、近隣の3病院で紹介し合ってそれぞれの専門性を活かすのがこのチームの狙いです。つまり、地域の病院が患者さんを取り囲むように連携することで、免疫チェックポイント阻害薬を安全に使っていくチーム体制です。各病院の得意分野を活かして補完し合い、地域の開業医さんや薬剤師さんも巻き込んで連携しながら、副作用の早期発見、重症化の予防に向けて取り組んでいきます。
院内でも新しい試みを進めています。その一つが“せん妄”への対応です。橋本医療圏は高齢者が非常に多い地域で、その中には認知症の方や、入院中にせん妄を起こす可能性のある患者さんもおられます。今後さらに高齢化が進んでいくことを考えると、せん妄への対策はますます必須になっていくでしょう。こうした現状を踏まえ、院内で“せん妄対策チーム”を立ち上げました。
せん妄は、入院中の患者さん、特に外科疾患の手術後の高齢者に起こり得る症状です。動きが不穏になって転倒してケガをしたり、術後点滴などを自分で抜去する恐れがあるため、場合によっては身体を抑制する対応を取らねばならないことがあります。患者さんはもちろん、私たちもそんな対応はできる限り避けたいので、このチームは、“身体抑制をゼロ”にすることを大目標にして、せん妄を起こさないように、看護師さん、薬剤師さん、理学療法士さんと連携して様々な取り組みを始めています。
病院はさまざまな職員によって支えられていますが、地方ではどの職種も人数が限られます。それでも当院の医療スタッフ・職員は不平や不満を言うことなく、一生懸命に医療に臨んでいます。それに非常に連携が強いです。それは私が当院で強く感じることです。
医療スタッフの連携を強く感じる場面の一つが、情報共有の迅速さです。例えばある患者さんが緊急で外来を受診されたとき、その情報があっという間に関係部署に伝わり、スムーズに治療が始まったのを目にしたことがありました。速やかに情報が伝わって多職種が集結し、チーム医療がスタートできるというのは簡単なことではありません。医療スタッフ及び職員の連携の強さ、日々の努力、誠実な対応を、地域の皆さんにも知っていただけるとうれしいですね。
私は副院長という立場にあるので、すべての職員が充実感を持って活躍できる環境を作ることも責務としています。病院の最終目的は当然“患者さん”のためですが、その前に“医療スタッフや職員のため”という視点が非常に大切だと思っています。そうすれば自然に医療の質も上がり病院が良くなり、病院が良くなればこの地域全体も良くなるはずです。そう思い、医療スタッフ・職員が“ワクワク”した気持ちで“生き生き”として働ける環境づくりに貢献したいと考えています。
皆さんもご存じの通り、地域の病院が果たすべき一番の役割は“患者さんに安全で良質な医療を提供する”ことです。それに加えて、当院では研修医の教育も重視しています。以前から総合内科の医師が活発に研修医への教育を行ってきましたが、今後は他科にも教育への熱意を広げ、病院全体として研修医への教育の質を高めていくつもりです。臨床研修センター長として私もその一助になれたらと考えています。
教育とあわせて、地域の病院でも臨床研究を行うことは重要だと思います。私自身、大学勤務時代が長く、そこで多くの臨床研究を行ってきました。現在、専門外の病気も広く診療する中でいつも色々な疑問が湧いてきます。ちょっとした気づきを臨床研究として立ち上げればそこから学ぶことはたくさんあり、その知見を患者さんに提供できるので、地域の医師として臨床研究を進める必要があると感じています。それを推進することが今後の私の課題です。
若い医師には、医学に関する勉強や研究を大事にしつつ、患者さんに誠実に向き合う姿勢を学んでほしいです。しっかり治療するんだという熱意とともに、誠実に対応する気持ちも大事にしてほしいです。今後も若い先生と一緒に勉強して、切磋琢磨していきたいですね。
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