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「自分の常識≠他の人の常識」と肝に銘じ相手の言葉に耳を傾ける看護師でありたい

「自分の常識≠他の人の常識」と肝に銘じ相手の言葉に耳を傾ける看護師でありたい

看護師、助産師として医療に関わってきて、現在は感染管理の職にある枡田美加子感染管理室長。自分の常識で「こうあるべき」を押しつけないことをモットーに、現在は院内外で感染対策に関する活動を行っています。お産というかけがえのない瞬間に立ち会ってきた経験や感染対策の大切さなど、日々感じていることをお聞きしました。

生命が誕生する場面に引き寄せられて助産師に

私が医療職を選んだのは、レスキューの仕事をしていた父の影響でした。幼いころ山間部に住んでいて、川で溺れた方や登山中に滑落した方の救助が発生したり、妊婦さんの搬送中にお産が始まったり、という話を聞いて育ったんです。私にとって医療は身近な存在で、物心がついたときには医療職に、その中でも患者さんとの接点の多い看護職に就きたいと考えていました。

学生時代の実習で、特に印象に残ったのが産婦人科でした。妊婦さんや産婦さんに寄り添う助産師の姿がキラキラして見えて、生命が誕生する場所に自然と引き寄せられた感じですね。看護師とあわせて助産師の資格も取り、産科で15年の経験を積みました。

お産という最大のライフイベントを越えた女性には、何にも代えられない強さ、美しさがあります。赤ちゃんを抱いたお母さん方を見送ると、いつも「この仕事に携わって良かった」と心が震えますね。お母さんたちや助産師の先輩方に多くのことを教わり、今があることを実感します。

感染対策の大切さを再認識し、認定看護師の資格を取得

現在、私は産婦人科を離れ、医療安全管理部の感染管理室に所属しています。周りから「なぜそんなに手を洗うの?」と言われるくらい、私は以前から無意識に手指衛生に気をつけるところがありました。というのは、生まれてくる赤ちゃんに一番に触れるのが助産師ですから、手袋をつけるとしても、手指衛生の不確かな手で触るわけにはいきません。それに産婦人科では常に体液の暴露を受けています。患者さんや赤ちゃんはもちろん、お産に関わる自分たちを守るためにも感染対策は欠かせないのです。

あるとき手指衛生の重要性を世界に広めた欧州の産婦人科医のことを知り、「私の考えは間違っていなかった」と共感したことがあります。そのこともきっかけとなって感染管理を深く学び、この分野の認定看護師資格を取得しました。

コロナ禍は感染対策のカギとなる「手指衛生」の徹底に奔走

感染管理を学び始めた当初は、産科関連の感染対策を普及させたい一心でした。それが大きく変わったのがコロナ禍です。この時期を境に地域全体の感染対策を考えるようになりました。

地域の人々を感染症から守るのは私たちの責務です。しかしコロナ禍の初期は、未知の感染症ゆえの恐怖心から感染対策に対する厳しい意見や、コロナは風邪のようなものだから感染対策は不要だといった不確かな情報が流れ、感染対策にご協力いただくのは大変でした。マスク着用が任意となってからは、無症状なら院内でも着用しなくていいというご指摘を受けることもあります。それは確かに正論ですが、新型コロナウイルスは無症状の人から感染することが多いというデータもあります。免疫が低下した方や新生児を守るためには院内でマスク着用をお願いし、排出するウイルス量を極力減らすしかありません。制約がゆるいほうに流れないように、今後もご理解いただくよう努めたいと思います。

「こうあるべき」を押しつけず、一緒に感染対策を考える

感染管理の業務は、院外にも活躍の場が広がっています。研修会開催のご依頼や各種電話相談も承りますが、高齢者施設や学校に出向いて一緒に感染対策を考える機会もあります。病院では最新情報があちこちから入るのに対し、院外では情報のアップデートが難しく、感染対策に苦戦されることも多いからです。

私たちは「こうあるべき」という理想論に偏りがちですが、それが通用しない場面もあります。だから一方的に提案しないで現場で一緒に考え、その施設に合う対策を提案したいんです。トライ&エラーを繰り返し、「これならいけそうだ」というところまで持って行って定着させる。そうやって地域全体を守ることも私たちの役割ですから、お声がかかれば喜んで飛んで行くようにしています。

自分の常識≠他の人の常識。だから基本姿勢は「まず聞くこと」

コロナ禍は「自分の常識が他人にとっては非常識となる場合もある」ということを身にしみて学びました。感染対策一つとっても、自分が思うことと他の人が思うことが同じとは限りません。同じように伝えたつもりでも、人によっては正しく伝わっていないこともあります。

看護師長として、管理という言葉の意味を考えさせられることも多々あります。私にとっての「管理」と、管理される側にとっての「管理」の間に齟齬が生じると物事がうまく進みません。言いたいことが正しく伝わらなかったり、正しい方向に動いてもらえなかったり。だからマネジメントする側には準備が必要で、その一つが相手を知ることです。組織がめざすゴールはずらさず、なおかつ各自の個性に合わせてやり方を変え、同じ目標に向けてフラッグを立てていく。こうして言葉にすると一言で済みますが、実際にやるのは簡単ではありません。

自分の常識が通用しないこともあると認識してからは、人の話をしっかり聞くことに専念しています。それは患者さんだけでなく職員に対しても同様です。職員が何を不安に感じ、何を整えれば業務に支障がなくなるのか、そういったことを関係部署に聞き取ってできることを提案するようにしました。「やってください」ではなく「どうやったらできるのか」を徹底的に聞き、その上でできることを探す。思いのほか時間がかかったりうまく伝わらないこともありますが、これを基本姿勢としています。

職員のメンタルケアに努め、より良い医療を提供できる環境をつくりたい

看護師長という立場上、職員のメンタルケアも重視しています。特にコロナ禍はその大切さをひしひしと感じました。顔は笑っていても心が笑っていない様子の職員に声をかけると、「家に帰れない」と聞かされることもありました。自分が感染して持病のある家族にうつしたら重症化するかもしれない、だから帰れないというのです。親が医療職という理由で子どもが保育園に通えないという悩みもよく耳にしました。

新興感染症という見えない恐怖と戦う医療職には、仕事外でも負荷がかかります。解決の糸口を見つけるには、やはり何より話を聞くのが一番。その上で、業務に集中できる環境を整えたいと思っています。

新たな学びを地域に還元することがやりがいになる

コロナ禍では、困っているのに適切な医療がなかなか届かない患者さんがいて、歯がゆい思いをすることが度々ありました。そのとき私の中で湧いたのが、「感染症看護の専門性をもっと深めたい」という思いです。それで2024年から大学院に進学し、認定看護師とは別の、専門看護師のコースで勉強することにしました。

看護師には一定の特定行為を行ったり、診療看護師として活動する仕組みがあります。今後その機会が在宅や施設などに広がるだろうと考え、特定行為の研修も受講しました。コロナ禍で自宅療養中の高齢者が来院されたとき、「重症化する前にアプローチできていたら…」と思うことが多かったからです。在宅や施設で、看護師が医療行為の一部を担うことで、重症化せずに施設で隔離期間を終えたり、安心して在宅療養したりできればと考えています。

私は次々に学びたいことが出てくるので、周りから「何を目指しているの?」と言われることも(笑)。今後もまた違った世界が見えたら、そこを深めたくなるかもしれません。それに、自分にどこまでやれるのか見たい気もしますね。今後もあれこれ学びつつ、それを地域にどう還元できるか模索していくつもりです。

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